ーはじめにー
ツインレイとは、1つの魂が2つに分かれてそれぞれ肉体に宿ったパートナー。
ツインレイパートナーは誰にでも存在するという。
それは男女であることが多いが、時には同性の場合もあり、また必ずしも恋愛に発展するとは限らない。
だが地球では恋愛や結婚から愛を学ぶことも多く、ツインレイへの恋愛感情をきっかけに宇宙について学び始める人が数多くいる。
私もその一人だ。
ただ。
私は長い間ツインレイに会ったことがなかった。
ツインレイに出会った多くの人が体験する、
”実際に会った時に何かを感じる”
”惹かれ合い恋人になり、その後急に別れが訪れる(サイレント期間)”
というようなことがなかった。
『この人がツインレイ…?』と感じる人をネットで見ただけなのだ。
これだけ聞けば、脳内お花畑ちゃんか頭がおかしい人だろう。
実際私も、自分は頭がおかしくなってしまったと思った。
でも消えないんだ。
心の中から。
聞こえてくるんだ。
小さな小さな声が。
『ご縁がある気がする…』
これはその小さな声に導かれてきた記録。
ここに記すことは、なかなかに頭のおかしい内容になると思う。
だけど嘘をつくことなく、できるだけオープンに書いていく。
怖いけど、できるだけ正直に書いていく。
このページに辿り着いてくださったあなたの、一つの生き方のサンプルとして。
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依存心だらけの人生

今日は離婚を決意した時のことをお話ししようと思う。
私がツインレイの存在を知る約5年前のことだ。
その時からすでにもうツインレイプロセスは始まっていたんだ。
なぜならそのプロセスの一つに"依存からの脱却""自立"が含まれているからだ。

思えば結婚する時、私は依存心だらけだった。
『この人について行けば自分は何も決めなくていい』
『もしうまくいかなかったら離婚すればいい』
もちろん好きだから結婚したのだけれど、そんな気持ちがあったことも確かだ。
今までずっと自分の人生を誰かに預けてきていた。
小さい頃は家族に、大人になってからは結婚相手に。
自分の人生を生きているようで、実は家族や結婚相手に合わせていた。
それは一見優しさのように見えるが、つまりは自分の気持ちから逃げ続けていたのだ。
だからいつも人の目が気になるし、周りの気持ちを優先させて、自分の本当の気持ちはわからないままだった。
あの彼に出会うまでは。(ツインレイへの道③過去の大失恋と、人生の決意〈Emmaの不思議体験の記録〉参照)
「そのままでいい」と言ってくれた彼。
『そのままの私ってなんだろう…??』
彼との出会いは、依存心だらけの人生を送ってきた私が、本当の私に出会っていく起爆剤となってしまったのだ。
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自立したい

一度は元夫とやり直そうとした。
元夫もすべてを水に流して、やり直そうとしてくれていた。
まだ子どもは小さい。
両親が離れ離れになったら、どれほどの傷を負うのだろう。
それを思うといたたまれなかった。
ある日、当時5歳の娘が言った。
「今日お父さんとお母さん、仲良しだね」
泣きそうになった。
娘は感じていたのだ。
私たちがもううまくいっていなかったことを。
この先どれだけつくろっても、子どもたちはきっといつか感じるであろう。
両親の気持ちが離れてしまっていることを…。
それほどに、お互いの距離はもう修復できないところにまで来ていた。

もしかしたらそれはただの言い訳だったのかもしれない。
ただ私は自分の人生を歩いてみたくなった、それだけだったのかもしれない。
今まで誰かに依存するしかなかった自分。
なにもかも誰かに預けて、なにかあればその人のせいにする自分。
誰かの目に怯えて小さく生きる自分。
ずっとそんな風に生きてきた私が、目覚めてしまった。
自分の人生を生きることに。
『自立したい…』
もちろん、一晩ですべてを決断できたわけではない。
何度も迷い、何度も泣き、何度も苦しみ、それでもどうしても『自立したい』『やってみたい』という気持ちが消えなかっただけだ。
後から思えば、自分でもなぜここまで強く決意できたのかわからない。
その時はただ、そうしなければならないような気がしていた。
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つらい夜

しかし離婚は簡単ではなかった。
周りから大反対された。
実の両親に報告に行った時には、元夫が止めに入るほどにものすごく怒られ、元夫のご家族からも長い間引き留められた。
私は元夫のご家族が好きだったし、向こうのご家族も私を好いてくれていたと思う。
子どもたちのことも、とてもとても可愛がってくれていた。
子どもたちとはこの先も会ってほしい。
だから身を引くのは私だけ。
そう言った私に、お義母さんは「あなたとこのまま会えなくなるのもつらい」と言ってくれた。
心が締め付けられた。
自責の念や罪悪感、申し訳なさなど苦しさでいっぱいだった。
本当にこれでいいのか、また迷った。
決意しては迷い、決意しては迷い、何度も同じところをぐるぐるとまわっていた。

子どもたちと実家に泊まっていたある夜。
3人で川の字に寝ながら、私は言った。
「お父さんとお母さん、もう一緒に暮らせないんだ。ごめんね。」
「なんで?!いやだよ!!お父さんと一緒に暮らしたいよ!!!」
子どもたちはそう言って泣き叫んだ。
特に上の子はお父さん子だったから、本当に辛かっただろう。
その時のことを思い出すと、今でも泣けてくる。
でも私はこのまま形だけの家族でいることがよいこととはどうしても思えなかった。
だから謝るしかなかった。
「ごめんね…。」
みな泣いていた。
わかっている。
今、私は子どもたちをとてつもなく傷つけている。
ごめん、こんなことになって本当にごめん。
この当時、6歳と4歳だった長女と次女。
この小さい子たちにこの現実を突きつけるのは、本当に酷なことだったと思う。
でも私はこうも思っていた。
『この子たちなら絶対に乗り越えられる。』
これをただの言い訳と捉える人もいるかもしれない。
これをただの我がままと言う人もいるかもしれない。
でもみながこの先、心から笑って生きていくために、今はこうしなければならないんだ。
私はこれが必ず未来の幸せにつながると確信していた。
たとえ今は辛くても…。
つづく。
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